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釧路地方裁判所帯広支部 昭和35年(ワ)41号 判決

原告 杉田末吉 外一名

被告 田口四郎

主文

被告より原告らに対する釧路地方法務局所属公証人赤野敬止作成第七万六千壱百九拾号金銭貸借契約公正証書に基く強制執行はこれを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和三十五年三月二十八日になした同年(モ)第二六号および同年(モ)第二七号の各強制執行停止決定はいずれもこれを認可する。

この判決は前項に限り、仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決ならびに「もし、第一項の申立が認められないときは、主文掲記の公正証書中、貸金債権金四十四万七千二十八円およびこれに対する昭和三十五年八月十日から完済にいたるまで年一割五分の割合による金員を除く部分についての強制執行はこれを許さない。もし、右申立が認められないときは、右公正証書中、貸金債権金七十万五千五百八十円、およびこれに対する昭和三十五年八月十日から完済にいたるまで年三割の割合による金員を除く部分についての強制執行はこれを許さない。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告らと被告との間には、釧路地方法務局所属公証人赤野敬止作成第七万六千壱百九拾号金銭貸借公正証書(以下本件公正証書と略称する)が作成されていて、これによれば、原告らは、財団法人志田病院が被告に対し、弁済期を昭和三十三年五月二十一日、右期限経過後の遅延損害金を日歩金八銭二厘(年三割)の割合とする約定で借り受けた金二百万円の消費貸借債務を右病院と連帯して保証する旨、原告らは右債務の履行につき強制執行を受けても異議がない旨のいわゆる執行受諾約款が記載されている。

二、しかしながら、原告らは、前記志田病院理事志田信一の依頼により、同病院が被告に対して負担する金二百万円の消費貸借債務の元本についてだけ保証し、かつその旨の公正証書を作成することを承諾したにすぎないものであつて、前記のように元本および遅延損害金につき、連帯保証をしたり、執行受諾約款を附することを承諾したことはない。原告らは、前記のような志田信一の依頼を承諾し、同人にその旨の公正証書の作成方を委任し、そのための代理権を授与することとし、同人の使者である上林正に各自自己の印鑑を交付し、同人が持参した受任者名、元金返済日、遅延損害金、作成日附の各欄を空白にした活版刷の委任状の各氏名名下にそれぞれ押捺させ、これを志田信一に交付したところ、同人は右委任状を被告に交付し、被告はこれを自己の委任状とともに前記赤野公証人に郵送して、被告自身および原告らの公正証書作成のための代理人の選任方を委任し、これに基き、同公証人は原告らの前記委任状の受任者欄に伏見勇と記入して、同人を原告らの代理人に選任し、次いで、被告の委任状の受任者欄に樋本兎喜二郎と記入して同人を被告の代理人に選任し、もつて、本件公正証書を作成したのである。しかしながら、原告らは志田信一に対し復代理人の選任の許諾を与えたことはないし、被告や赤野公証人に対し代理人選任を委任したこともない。かように、本件公正証書中原告らに関する部分は無権代理人によつて作成された無効なものであり、これに基く執行は許されないものというべきである。

三、仮に、原告らが、志田信一に対し、復代理人の選任を許諾していたとしても、前記のように、本件公正証書には原告らの承諾しない事項が記載されているから、これをもつて既存の契約の履行に関し作成されたものということはできない。しかして、前記のように志田信一は被告に対し原告らの代理人の選任を委任し、被告は赤野公証人に対し原被告双方の代理人の選任を委任しているのであつて、被告および赤野公証人による原告らの代理人選任は民法第百八条に違反するばかりでなく、赤野公証人の被告からの右代理人選任の受任行為は、結局、原被告双方の嘱託事項に関するものであつて、同公証人は原被告双方の代理人たりしものというべきであるから、公証人法第二十二条第四号により、その職務を行いえない場合にあたり、かかる法条の禁をおかして作成された本件公正証書が無効なものであることは明らかである。

四、加うるに、被告が赤野公証人に郵送した原告らの委任状には、受任者名の記載がなく、委任の権限事項も利息につき「期間中定めなし」とあるのみで、他に何の記載もない不適式なものである。しかして公証人法第三十二条によれば、公証人は代理人により公正証書の作成を嘱託されるときは、代理人の権限を証すべき証書を提出させることを要するのであつて、もとより、その書面は要件をみたした適式なものたることを要し、公証人において勝手にこれを改変することは許されないものであるが、赤野公証人は前記のように不適式の委任状の送付を受けながら、勝手に受任者名を記入し、公証人法第三十五条に違反して、嘱託人の陳述を聴取しなかつたばかりでなく、委任状に記載のない事項について公正証書を作成したものである。かように、公証人法所定の要件に反して作成された本件公正証書は明らかに無効なものというべきであるから、これに基く強制執行は許されない。

五、仮に、本件公正証書が日歩金八銭二厘と定めた遅延損害金に関する部分を除き有効であるとしても、これに記載されている消費貸借債務は弁済により消滅しているものである。即ち、右消費貸借については、利息および遅延損害金についての約定はなく、かつ被告は金二百円を貸し付けることを約しながら、昭和三十三年三月二十四日、弁済期を同年五月二十一日として、金十二万円を天引し、金百八十八万円を志田病院側に交付したにとどまるから、結局、被告と同病院との間では、金百八十八万円について消費貸借が成立しているのに過ぎないのである。しかして、志田病院は同年四月二十六日に金十二万円を弁済したのみで、弁済期を徒過し、その後、別表(一)のとおり弁済および供託をなしたが、右金員は、先ず弁済期または前回の弁済日から当該各支払日までの年五分(日歩金一銭三厘七毛)の民法所定の割合による各支払日における元本残額に対する遅延損害金の弁済に充当され、次いで、右元本残額の弁済に充当されなければならないところ、右充当関係は別表(一)〈省略〉のとおりとなり、結局、金十四万六千五百二十円の過払の計算となるから、本件公正証書による強制執行は許されないものである。なお、昭和三十五年八月九日の金四十一万千六百二十四円は、志田病院が被告を相手方として昭和三十四年十一月二十日帯広簡易裁判所に対し、前記消費貸借の元利合計残額が金四十一万千六百二十四円であることの債務確認の調停を申し立て、右調停進行中に右金額の支払を申し出たところ、被告がこれを拒絶し、もはや、被告において受領する意思のないことが明白になつたので、同病院において、弁済供託をなしたものである。

以上の理由により本件公正証書に基く強制執行の排除を求める。

六、右申立が理由がないとしても、前記消費貸借は弁済によつて一部消滅している。即ち、本件公正証書が適法に作成され、かつ被告と志田病院との間に被告主張のような利息の約定があり、原告らが右債務につき連帯保証したとしても、賠償額については、当事者間で何ら予定をしなかつたものであるから、前記のように昭和三十三年四月二十六日以降同病院が支払つた金員は、そのうち利息制限法所定の制限利率年一割五分(日歩金四銭一厘一毛)の割合を超える部分の支払は無効であつて、右制限利率にしたがい期限内は利息に、期限後は損害金の弁済に充当され、残余は当然に元本の弁済に充当されなければならない。しかして、被告は金十二万円を天引して金百八十八万円を交付しているのであるから、受領額に対する弁済期までの制限利息は金四万五千五百八十八円であり、右金額と天引額金十二万円との差額金七万四千四百十二円を金二百万円から控除した金百九十二万五千五百八十八円が期限内の利息支払済の元本残額となる。よつて各弁済金を利息または損害金および元本に対して充当すると、各弁済日の元本残額は別表(二)〈省略〉のとおりとなり、かつ右残額に対する昭和三十五年八月九日までの遅延損害金六万五千四百八円は前記弁済供託により支払済の計算になるから、残債務は元本金四十四万七千二十八円、およびこれに対する昭和三十五年八月十日から完済まで年一割五分の割合による遅延損害金にすぎないから、本件公正証書中、右残債務を除く部分についての強制執行の排除を求める。

七、右申立が理由がなく、被告と志田病院との間に被告主張のような利息および賠償額の予定の約定がなされ、右債務について原告らが連帯保証したとしても、前記のように昭和三十三年四月二十六日以降同病院が支払つた金員は利息制限法に従い、期限内は年一割五分の割合により利息の弁済に、期限後は年三割(日歩金八銭二厘二毛)の割合により損害金の弁済に、残余は元本の弁済に充当されなければならない。しかして天引に伴う元本残額は前項のとおりであるから、各弁済金を利息または損害金および元本に対して充当すると、各弁済日における元本残額は別表(三)〈省略〉のとおりとなり、かつ右残額に対する昭和三十五年八月九日までの遅延損害金二十万六千四百九十八円は前記弁済供託により支払済の計算になるから、残債務は元本金七十万五千五百八十円およびこれに対する昭和三十五年八月十日以降完済まで年三割の割合による遅延損害金にすぎないから、本件公正証書中、右残債務を除く部分についての強制執行の排除を求める。

とのべた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、「請求原因第一項は認める。同第二項中志田病院が被告に対し、消費貸借に基き金二百万円の債務を負担したことは認め、その余は否認する。第三、第四項は否認する。第五項中、金員の支払および供託については、昭和三十四年八月九日の分を除きこれを認め(同日は金五万円の支払を受けたに過ぎない)、また、原告ら主張のよりに志田病院が調停を申し立て金四十一万千六百二十四円の支払を申し出て、被告がこれを拒んだことは認め、その余は否認する。第六、第七項は否認する。」とのべ、本件消費貸借ならびに本件公正証書作成に関し、

一、志田病院は、志田信一、志田二郎、原告らを連帯保証人として、被告から金融を受けることとし、志田病院および原告ら四名は、上林正に消費貸借契約の締結、ならびに連帯保証についての代理権を授与し、上林は被告との間で、昭和三十三年三月二十四日、金二百万円を、弁済期を同年五月二十一日、利息ならびに期限後の損害金の各割合を日歩二十銭(月六分)として、志田病院において借り受け、原告ら前記四名がこれを連帯保証する旨の契約を締結し、その際、赤野公証人に嘱託して執行受諾約款付の公正証書を作成することとし、その作成のための代理人の選任は同公証人に一任し、事務手続一切は被告が行うとの取決をした。そこで、被告は上林に公正証書作成に必要な委任状用紙一通を交付するとともに、関係書類の持参方を要求したところ、同人は右委任状用紙に原告らの捺印を得て、関係書類とともに被告に交付したのである。かように、上林は単に原告らの使者ではなく代理人であつたのである。

二、原告らが前記委任状の受任者、元金、返済日、損害金、作成日附等の各欄を空白にしたまま、上林を通じて被告に手交したとしても、前記のように公正証書作成のための事務手続は前記契約の範囲内で被告に一任してあるのであるから、その補充を被告に任したものというべきである。

三、執行受諾約款に関しては、前記委任状に記載されているから、原告らとしてもこれをつけることに異議がなかつたはずである。のみならず、公正証書は債務不履行にそなえて直ちに強制執行がなしうるように作成するのが通例であり、殊に本件のように原告らが公正証書の作成を承諾し、債権者たる被告に前記のような委任状を交付した以上、特段の事情のない限り、執行受諾約款をつけることを承諾したものとみるべきである。

四、次に、原告らの委任状に損害金の欄が空白になつているにもかかわらず、公正証書に日歩金八銭二厘の割合で損害金を支払うべき旨記載されていることについては、被告はかねてから赤野公証人に対し、委任状の損害金の欄は空白とし、特別の指示のない限り、利息制限法で許容された最高額を公正証書に記載するように委任していたのであり、本件の場合も、それにならつたものに過ぎないものである。

五、また、公正証書作成のための代理人選任を相手方に委任することは、すでに公正証書に記載すべき事項が確定していて、既存の法律関係の決済とみられる場合には、民法第百八条に違反するものではない。本件においても、原告らの代理人上林を通じて前記のようにすでに契約が成立し、これに基いて公正証書を作成することとなつたのであるから、民法百八条違反の問題はない。

六、しかして、本件のように、約定利率が利息制限法所定の制限利率をこえている場合においても、債務者が、約定利率に従つて任意に支払をなしたときは、その制限利率を超過する部分を残存する元本の支払にあてたものとみるべきではない。蓋し、もし超過部分を元本の弁済に充当するとすれば、利息制限法第一条第二項の規定の法意に反することになり、しかも本件においては、被告は、大蔵省の認可を受けた正規の貸金業者であつて、約定の利息、損害金の率は法律で許容される日歩金二十銭にとどまり、更に、主債務者である志田病院および原告ら各保証人は、被告に対し支払われた金百六十一万円がいずれも利息および損害金の弁済に充当され、元本金二百万円が残存していることを確認しているのであつて、かかる具体的事情をも考慮すれば、制限利率をこえて支払われた部分についても、元本の弁済に充当されたものと認めないのが相当である。

七、なお、被告は志田病院に金二百万円を貸し付けるにあたり、一旦、その全額を手交し、しかる後一ケ月分の利息として金十二万円をその場で受領したものであつて、原告主張のように天引したものではない。

とのべた。〈立証省略〉

理由

原告らは本件公正証書の作成に無権代理人が関与していること、釧路地方法務局所属公証人赤野敬止の双方代理行為によつて選任された原被告らの代理人が関与していること、右作成が、公証人法第二十二条第四号、同法第三十二条、同法第三十五条各所定の方式に違反したものであることを理由に本件公正証書が無効である旨主張するので、先ずこの点について判断する。

財団法人志田病院が被告から金二百万円を借り受けたこと、および赤野公証人作成の本件公正証書には、右債務の弁済期を昭和三十三年五月二十一日、右期限経過後の遅延損害金を日歩八銭二厘の割合と定め、右債務を原告らが連帯して保証し、かつその履行について強制執行を受けるも異議ない旨の記載があることはいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四、第十、第十一号証、乙第一号証、証人上林正(第一、二回)、同志田信一(以上いずれも後記採用しない部分を除く)、同伏見勇、同赤野敬止の各証言、ならびに原告両名(第一回)、被告(第一、二回)各本人尋問の結果(被告本人については後記採用しない部分を除く)を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

志田病院は、病院建物とその敷地を売却することとなり、被告に対しても右売却の斡旋を依頼していたが、折柄、同病院において、多額の資金を必要とする事情があつたので、昭和三十三年三月頃、同病院は事務長上林正を通じて金融業を営む被告と交渉した結果、右土地建物の売却代金をもつて弁済するということで、弁済期を同年五月二十一日、利息および期限後の遅延損害金を日歩金二十銭(月六分)の割合とする旨の約定により、被告から金二百万円を借り受けることになつた。

被告は右貸付に際し、志田病院理事長志田信一、同理事志田二郎、および原告両名において右債務を保証し、かつ被告と主債務者志田病院および右四名の保証人との間でいわゆる執行受諾約款付公正証書を作成することを求めて、上林に右公正証書作成に必要な委任状用紙を交付し、これに主債務者および原告ら四名の保証人の署名捺印を得てくるよう要求した。しかして、右委任状用紙は冒頭の受任者名を空白にしたまま、「昭和三十三年三月二十四日田口四郎より金二百万円を借り入れたるにより、之が消費貸借公正証書を左の要領により締結する一切の件」と記載され、委任事項のうち、利息欄に「期間中定めなし」と印刷されているだけで、元金返済日、遅延損害金、作成年月日の欄は空白のまま残され、末尾に「前項以外期間の利益を矢う場合並に債務不履行の場合は直ちに強制執行を受くるも異議なきこと」と印刷されていたものであるが、上林は先ず志田病院理事長志田信一に、貸付にあたり被告から提示された前記要求事項を告げその了解を得て、右委任状末尾に「財団法人志田病院理事長志田信一」「志田信一」「志田二郎」の各記名印およびその名下に各印章を押捺し、更に原告笹生方へ赴き、弁済期、利息、遅延損害金に関してはふれず、単に、志田病院が被告から金二百万円を借り受けることになつたこと、弁済については、土地建物の売却代金をもつてあてる予定であることを告げて、被告の要求を伝え、同原告に保証人になり、その旨の公正証書を作成することを承諾するよう懇請したところ、同原告もこれを承諾し、保証契約、公正証書作成に関する手続一切を上林に一任したので、同人は同原告の了解のもとに右委任状用紙にその氏名を代書し、印章を押捺した。次いで、上林は原告杉田を訪ね、前同様の説明をして保証人になることと公正証書を作成することについての承諾を得、同原告から手続一切を一任され、その了解のもとに、同原告の記名印、および印章を右委任状用紙の末尾に押捺した。かようにして、志田病院、志田信一、志田二郎、および原告ら全員が被告から金二百万円を借り受け、受任者を指定しないまま、その旨の執行受諾約款付消費貸借公正証書作成を委任する旨の記載のある委任状が作成され、上林は、同年三月二十四日、被告に対し、前記委任状、署名者の印鑑証明書および同年四月二十二日を満期とする右委任状各署名者共同振出の額面金二百万円の約束手形一通を交付し、これと引換に金二百万円から一ケ月分の約定利息金十二万円、費用金二千円を控除した金百八十七万八千円を受領した。一方、被告は、金融業者として、かねてから、釧路市に役場を設けている前記赤野公証人に金銭消費貸借の内容を記載した公正証書作成に関する債権者、債務者双方の委任状を送付し、同公証人に代理人を選任させたうえ公正証書を作成して貰うことを常としていたのであるが、時折、利息制限法の制限を超過する遅延損害金を委任状に記載して、同公証人から右に関する部分は空白にしたまま委任状を送るようにいわれることがあつた関係上、前記志田病院らの委任状のうち、元金返済日欄を昭和三十三年五月二十一日と、作成月日欄を同年三月二十四日とそれぞれ補充し、受任者、遅延損害金の各欄を空白にした侭、これに署名者の印鑑証明書をそえ、これとともに自己名義の、委任事項を「志田病院外連帯債務者四名に対する金二百万円の貸付による金銭貸借公正証書の作成」とし、受任者、遅延損害金の各欄を空白にし、その他の各欄は前記原告ら名義の委任状と同様の記載をした公正証書作成のための委任状および自己の印鑑証明書を一括し赤野公証人に送付して公正証書作成方を依頼した。一方、同公証人は、このように自己の役場に嘱託人が自ら出頭しない場合に備えて、その代理人となるように予め同公証人との間で内約のできている伏見勇を原告らの代理人に、樋木兎喜二郎を被告の代理人にそれぞれ委任者において選任した旨形式体裁を整えるべく、各委任状の受任者欄にそれぞれ同人らの氏名を記入したうえ、遅延損害金の割合については利息制限法の許容する最高の日歩金八銭二厘であるとの独自の判断の下に、公正証書の本旨事項として、原告らを連帯保証人と表示し、冒頭掲記の事項のほか、右債務者らにおいて期限の利益を失うべき事由を列記するとともに、履行地を債権者の住所地、管轄裁判所を帯広簡易裁判所とする旨記載し、しかる後、右樋木、伏見の順で別々に同公証人のもとに出頭させて、これを閲覧に供し、同人らにおいても、これを単に一読しただけで、右のような委任状に記載のない事項に気づかない侭その内容を承認したものとしてその末尾に署名捺印をなし、かくて、本件公正証書は完成した。

以上の認定に反する証人上林正(第一、二回)、同志田信一の各証言、原告両名(第二回)ならびに被告(第一、二回)各本人尋問の結果はいずれも採用せず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

ところで、公証人法第二条によれば、同法所定の要件を備えない公正証書は公正証書としての効力を有しないものと規定され、同法第三十五条によると、公証人は、公正証書を作成するにあたり、嘱託人、代理人、通事、立会人ら関係人から聴取した陳述、目撃した状況その他実験した事実を録取したうえ、その実験の方法を記載することを要するものとされているが、右にいう聴取した陳述の録取とは、もとより公証人が前記各関係人において自己の面前で自ら陳述した法律行為の内容を直接聴取し、これを証書に記載することを指すものと解すべきである。而して、同法が右の陳述録取の手続のほか、これと別途に、証書作成後に関係人に対する読聞けまたは閲覧、関係人の承認ならびに自署を必要とする旨(第三十九条)、また、嘱託人または代理人の同一性の確認(第二十八条、第二十一条)、代理人の権限を証すべき証書の要件(第三十二条)等につき極めて厳格な手続規定を設けていることを併せ考えると、右の法意は、公正証書作成の嘱託ならびにその内容となる法律行為の陳述の録取が、当事者本人の意思に基いて誤なく行われることを保障するにあるとみるのが相当であり、したがつて、前記陳述は、あるいは当事者において予め準備した書面に基いてなされることも許されるであろうが、この陳述録取の手続を全く省略して、右の読聞けまたは閲覧、承認ならびに自署をもつてこれにかえることは許されないというべきである。しかも、一定の金銭の支払を目的とする請求について作成されたいわゆる執行受諾約款付公正証書は、民事訴訟法第五百五十九条第三号により債務名義として執行力が与えられており、同じく債務名義とされている判決、支払命令、抗告のみに服すべき裁判が、いずれも厳格な訴訟手続を経て、あるいは申立に基きただちにかかる訴訟手続に移行する機会を当事者に十分保障した上で、裁判所自らがなす裁判であり、裁判上の和解調書、認諾調書、および調停調書は、いずれも裁判所または調停委員会の面前でなされる当事者の陳述を、裁判官、調停委員、裁判所書記官らにおいて確認した上、これが調書に録取されるものであつて、かかる各種の債務名義の成立手続の厳格さと対比してみるとき、また債務名義としての公正証書が比較的簡便に得られやすい実情をも考慮するとき、前記のような公正証書作成の手続に関する諸規定は、できる限り厳格に遵守されなければならないというべきである。ひるがえつて本件についてみるに、前掲甲第十号証によれば、本件公正証書の末尾の本旨外事項の欄に、「この証書は本職において右両名(原告らの代理人伏見および被告の代理人樋木)から聴取した陳述の本旨を録取して作成し、右両名に閲覧させてその承認を得たので、一同と共に左に署名捺印する。」と記載されてはいるが、前段認定のとおり、赤野公証人は、従前からの被告の公正証書作成に関する一般的な依頼に基き、被告からの送付にかかる当事者双方の各委任状の記載事項を参考にしつつ、右委任状に記載のない事項まで自己の独自の判断の下に、ただちに本件公正証書のいわゆる本旨事項を記載したものであつて、その内容が当事者の両代理人の陳述に基いてこれを録取したものでないことは明らかであり、また前記認定のとおり、右両代理人は、いわば公正証書の体裁を整えるためにのみ形式的に選任されたにすぎないものであつて、しかも、すでに記載ずみの本件公正証書の内容を極めて簡略に閲覧した後格別の異議なく署名したにとどまるのであるから、かかる事実関係の下においては、陳述録取の手続を省略して、記載ずみの公正証書の読聞けまたは閲覧、承認ならびに自署をもつてこれにかえ、陳述録取のあつた場合と同一視することの許されないことは、なお一層明らかであるといわなければならない。而して、現実に本件においても、右陳述録取の手続が行われなかつた結果、委任状の委任事項として記載がなく、明らかに当事者すくなくとも原告らの意思に基かないと認められる事項が公正証書の内容として記載され、叙上公証人法の諸規定の法意に反する結果を招いているのである。そこで、叙上説示したところと前段認定の事実関係からすれば、嘱託人たる当事者の代理人の陳述を聴取することなく作成された本件公正証書は、その内容において当事者の意思にそい、当事者の法律行為と合致する部分があると否とを問わず、これに公正証書としての効力とくに債務名義としての執行力を認めることはできないと解するのが相当であり、したがつて、原告らのその余の主張に対する判断をまつまでもなく、本件公正証書に基く強制執行は許されないというべきである。

なお、前記のような公正証書の作成上の瑕疵は、いわゆる執行文付与についての実体的前提要件の欠缺に関するものと解すべきであり(大正十年三月三十日大審院民事連合部判決民事判決録二七輯六六七頁参照)、右瑕疵を理由として執行力の排除を求めるためには民事訴訟法第五百四十五条の請求に関する異議の訴の手続によるのを相当とするから、本訴請求は適法になされたものというべきである。

よつて、本件公正証書に基く強制執行の全面的排除を求める原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用は民事訴訟法第八十九条を適用して被告の負担とし、なお、同法第五百六十条、第五百四十八条第一項により、当裁判所が本件につき昭和三十五年三月二十八日になした同年(モ)第二六号および同年(モ)第二七号の各強制執行停止決定を認可し、同条第二項により、これに仮執行の宣言を附することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 井口牧郎 石丸俊彦 松野嘉貞)

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